「格差や貧困、差別がうまれない社会を構築するには」 橘木俊詔(同志社大学経済学部教授)

第36回部落解放・人権西日本夏期講座で「格差や貧困、差別が生まれない社会を構築するには」と題して、同志社大学経済学部教授の橘木俊詔さんが講演をおこなった。橘木さんは、貧困問題を解決するには、景気回復だけでは無理で、労働条件や社会保障制度などを充実させなければいけないと訴えた。ここでは、当日の講演の概要を報告します。 (文責・編集部)

 

一億総中流社会の崩壊

私は、1980年代中頃から、所得格差に疑問を感じ、統計的に調査をした。その結果は、日本は一億総中流社会でなくなっていた。
 1つめの根拠として、日本の過去と現在の所得格差を比較すると、現在の方がジニ係数が上昇していた。ジニ係数とは、ゼロが完全平等。1が、国王が絶対富豪で、庶民は貧乏という感じの状態。1980年代あたりから、ジニ係数が上がってきている。
 2つめの根拠として、国際比較からも分かる。他の先進諸国と比較すると1950、60年代の日本は、北欧(ノルウエーなど)なみの平等の高さだった。しかし、1980年代になると、イギリス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパの大国と同様になってきた。
 このような調査結果と問題意識をもとに、『日本の経済格差』という本を出版した。当時は日本は「一億層中流社会」といわれているなかで批判も多く出て、1990年代に論争の的になった。その後、政治の世界でも議論になりはじめていた。そして、国民も感心を持ち始め、マスコミも取り上げはじめた。
 当時、「格差社会」という問題提起に対して、小泉首相は「格差社会でなにが悪い」と応えた。小泉首相のブレーンである竹中平蔵大臣も「有能な人がたくさん所得をもらって何が悪い」と平然と発言していた。有能で強い人が頑張って経済を引っ張っていく。それが何が悪いのかと。

 
「結果の格差」と「機会の格差」
 私はこの意見には反対の立場をとる。それは、格差を語るとき2つの視点から考える必要があるからだ。
 1つめは、「結果の格差」(貧富の格差)である。ある人が働いた後の結果(収入など)の格差。
 2つめは「機会の格差」である。働く前にどういう教育を受けたのか。高い教育を受けた人は、高い収入を得ている可能性が高い。「結果の格差」の2つの視点として、①「上の裕福な人」と「下の貧しい人」を比較する。

 私は、②貧しい人(貧困者)が、どうなっているのかに注目してきた。
 OECDの調査結果では、貧困者の割合の先進国(30カ国)での比較では、1位米国17.1%、2位日本15.3%、他の先進国の貧困率は10.7%である。つまり、日本は世界のなかでも、貧困大国なのである。
 自民党政権時代は、この貧困率は公表してこなかった。民主党政権になり、ようやく公表するようになり、問題意識をもち、貧困問題に取り組みはじめた。

 
貧困とは何か
 ここで、貧困とは何かということを考えていきたい。貧困の定義には2つある。
 1つめは「絶対的貧困」。一人ひとり(家族)が所得を得ても、食べていけない状態。この「貧困ライン」以下の人が、何%いるのかということ。
 2つめは、「相対的貧困」。その国の人を並べて、「中位所得(平均値ぐらい)の半分以下」の所得の人の割合。
 私は「絶対的貧困」を調べた。日本は生活保護基準以下の人が13~14%もいる。それは、生活保護資格がある人の20%以下(推定)しか、生活保護を受けていないからである。
 生活保護は、現金がいくらあるかで決められるからだ。今、被災者の人も、義援金をもらうことで、生活保護が打ち切られるという問題がおきている。 日本において、結果の格差を語るときは、貧困者がどれだけいるかを語る方がはるかに深刻な問題である。
 では、なぜ日本がこんなに貧困社会になったのか。それは、不景気のなかで、正規社員を減らし、非正規社員を増やしたからだ。日本の4割弱が非正規という状況になった。また、社会保障制度は自己負担増と、給付の削減が進められてきた。

 

貧困者の3代グループ  高齢単身者、母子家庭、一部の若者
 現在、3つのグループが貧困者の代表である。
①高齢単身者(8割がおばあちゃん)、②母子家庭(離婚の増加)、③一部の若者。
①高齢者単身者
 高齢単身者の8割がおばあちゃんである。理由は、現在の高齢世代の結婚は、男性が年上で、女性が年下という結婚が多かった。夫が先に亡くなり、妻が長生きする。
 昔は、3世代同居も当たり前だった。おばあちゃんが経済的にしんどくても、子どもが支援してくれていた。しかし現在は、子ども達はみんな実家を離れて生活してる。年老いた親がなぜ、子どもの家族と別居するようになったか。
 理由①子どもが別のところで就職する。地理的にも同居するのは難しい。
 理由②年金制度が充実。子どもも自分の生活が一杯で、送金もしなくなった。
 理由③嫁姑問題などがわづらわしくなったから。
②母子家庭
 離婚率の増加により、シングルマザーが増えた。女性が離婚して困るのは、仕事をしても不安定な就業しかない(経済面)。男性が父子家庭になり困るのは、子育て。このように、貧困問題を考えるときに、日本における家族のあり方が大きく変化したことも、分かっていただきたい。

③一部の若者
 非正規労働者、フリーター、ニートの増大。

 

貧困社会をなくすにはどうしたらいいのか
①景気回復? 
 景気がよくれば格差拡大の阻止が可能とういう見方もあるが、たとえ、景気が良くなっても、それだけでは格差拡大は阻止できない。高齢単身者(おばあちゃん)は働けないからだ。日本の貧困者の半数以上は、高齢単身者(おばあちゃん)であること知っておく必要がある。しかも、景気回復は、現実的には難しい。
②同一労働・同一賃金の導入すること。正規、非正規の賃金格差をなくす取り組みを進めること。
③社会保障制度の改革 
非正規労働者は多くの社会保障制度から排除されている。すべての人にセーフティネットを確保するためにも、非正規労働者に加入の道を開く必要がある。

④最低賃金制度の充実
 民主党のマニフェストでは、最低賃金を1000円にするといって、批判を浴びていた。「そんなことをしたら日本の企業はつぶれるぞ」という意見があった。しかし、デンマークは最低賃金2000円。デンマークの経営者に「経営は成り立つのか。店がつぶれるのでは」と聞いたが、「苦しいが、がんばって出す」「従業員はここで働くことで生活しているのだから、それだけ出すのは当たり前、義務だ。」「それでダメだったら、会社をたたむ。自分がたたんでも、それだけ効率が出せる企業が次に出てくる方がいい」と言い切っていた。

 
機会の平等を
 竹中大臣は「有能で頑張る人が、たくさん所得をもらってなにが悪い。貧富の格差は大きくていい」と言っていた。この一番の欠点は、次の世代のことを考えていないこと。経済格差が教育格差に直結しているからだ。
 逆に、機会の平等(教育)が保証されれば、結果の不平等(貧富の格差)を問題にしないという思想が有力であることを知ってもらいたい。