格差社会の現実と人権 自立生活サポートセンターもやい事務局長 湯浅 誠さん

■滑り台社会今の日本は、一度つまずくと、どこまでも転げ落ちていく「滑り台社会」だ。人間が生きていれば、必ずトラブルは起こる。病気や離職、離婚など。これまでは、そういうトラブルが起きても、生活には支障が起きないようにする仕組みだった。しかし、自己責任論のなかで、この社会の仕組みが壊されてきた。
ホームレスの人が路上で寝ている。その葛藤を「自業自得」と自分に言い聞かす。母子家庭で生活が厳しい人に「いやなら離婚しなければよかった」と。いじめの傍観者が、「あの子は○○だから」と自分に言い聞かせれば、心が痛まない。いろんな問題を、自己責任論で、見て見ぬふりをしてきた。「おまえの問題だろう」という人は「オレは関係ない」と言いたいだけ。これは、他己責任論=「自分は責任を負いたくない」という発想。この発想では、それが生み出された根本的な構造には、手はつけられないので、どんどん問題が放置されてきた。大事なのは、社会全体が、いかに自己責任論と手を切るかということ。
■貧困≠貧乏+孤立
お金がないことが貧困だといわれる。しかし、「貧乏」と「貧困」は違う。「貧困」は、単に「貧乏」だということでなく、頼れる人間関係、地域や社会がない。「貧困の状態は、溜がない状態」のこと。
お金があるというのは、金銭的な溜があるだけ。失業したときに、貯蓄があったから助かった(金銭的な溜)。その後、仕事を紹介してもらえた(人間的な溜)、そうやって、人はいろんな溜につつまれて生きている。このような溜が失われている人が増えている。社会の溜が失われているからだ。お金がなくても、地域の中で、モノを交換したり、助け合ったりして生きていける溜をつくる。そうした溜をどれだけ創っていけるのか、それが問われている。社会の溜といのは、政策的に創っていくことも大事。

■パーソナルサポーター
孤立というのは、社会の死角。どのスポットライトからも見えなくなっている人がいる。それが孤立。家族や地域が機能している時は、その人たちがしんどい人にスポットライトをあてていた。家族や友人、知人はその人のことを気遣っている。スポットを当てている。
今、地縁、血縁を持たない人が増え、「無縁社会」とも言われている。現在、460万人が単身高齢者。気づいたときには亡くなっている、孤独死が増加している。これも社会の死角。どういう風にカバーするのか。これまでの知人や友人にあたる人を、社会的に創っていく。制度的に創っていく。いろんな制度をまたいで、その人をサポートしていく「パーソナルサポーター」の設置を進めている。いろんな助け合いの仕組みを作っていく。地域を活性化していく。
自己責任論は他己責任論。つまらん自己責任論をとる必要はない。じゃ、私たちの責任、自己責任とはなに?子どもたちや、生活の苦しい人たちに対して、もっと生きやすい社会を創っていくこと。それが私たちの自己責任。この社会をもっと生きやすくしていく責任が自分たちにある。それを果たしていくのが、自分たちの責任。それぞれの現場で、少しずつ溜を増やしていければ、世の中もっとよくなる。
(西日本夏期講座での全体講演より一部要約)