新たな「部落地名総鑑」発覚の意味と差別思想への考査【講演者 谷元昭信】

山口県東部地区部落問題研究会第16回講座

部落解放同盟中央本部書記次長 谷元昭信【2007年3月 解放新聞 第11号より】

昨年、第9・第10の電子版『部落地名総鑑』が発覚した。今回の『部落地名総鑑」発覚の意味と今後の部落差別問題を改めて問い直す視点を、谷元中央書記次長が講演で提起された講演の概要を報告する。

需要があるから作られる

1975年に最初の『部落地名総鑑』が発覚し、その後の調査の中で全国の部落の地名、呼び方、名前、戸数など一目でわかる同様のものが8種類も確認された。
日本の大手の企業が人事部を中心として購入していた。部落地名総鑑を作成した一人に動機を聞いたところ「興信所をやっていて、結婚や就職に関する身元調査の99パーセントまでが、『部落かどうか』という依頼であった」「これだけ依頼があるのなら、一冊の本にしたら売れると
思った」と明確にこたえている。動機をみることで、部落地名総鑑事件の本質が見えてくる。需要があるから、作られているのだ。
この問題は、当時、国会でも取り上げられ、国が本格的に調査を開始、2年後の1977年には「企業内同和問題研修推進員制度」の充実に向けて本格的に動き始めた。
これらの取り組みを通じて、企業自らも差別体質を見直し、各地で同企連などが発足した。このような中、1989年に法務省が「調査終結宣言」を出した。
しかし、2005年の兵庫・大阪の「行政書士等による戸籍謄本等大量不正入手事件」の調査において、昨年、新たな第9・第10・電子版『部落地名総鑑』の存在が発覚した。

今回の事件で見えてきた課題

今回の事件発覚で、①身元調査根絶への法整備の必要性(身元調査禁止法・罰則規定など)、②戸籍法・住民基本台帳に対する改正課題(戸籍制度改廃の検討)、③個人情報保護法と自己情報コントロール権の課題(自分の情報を誰が何の為に使ったのか、知る権利がある。自己情報コントロール権として、知るならば。本人通知するべき)、④職務上の請求資格がある8士業のあり方に対する抜本改革、などの「人権の法制度」整備の課題が浮き彫りになった。
しかし、法律では、差別を規制することにはなるが、それだけでは部落差別はなくらない。人権の法整備を整えると同時に、差別する人の意識改革、差別を支える社会システムの改革も必要である。

差別を生み出す根っこの思想

これからは「部落差別意識を支える思想と意識」を抉り出す視点が必要である。
部落差別に特異な差別意識というのはまれであり、それより、日本社会に存在する、さまざまな差別思想が、部落差別を支えていると考えるべきである。
例えば、部落の人は「穢れている」というが、「ケガレ」とはもともとは「死に対する恐怖」「普通な状態から、異常な状態になったことに対する恐怖」から生み出された思想である(浄穢思想)。
浄穢思想では、三大不浄と言われるように「死穢」「血穢」「産穢」、そういう人たちを避けるという意識・行動規範が日本の文化の中でつくられてきた。こういった浄穢思想がベースにあり、そこに部落に対する差別が合理化されていく。
実は、この浄穢思想の一番の被害者は、女性である。死、出産、月経、それらを経験する女性は「不浄なもの」とされ、今でも、女人禁制の山や「神聖」な土俵に女性は上げさせないという慣習が残されている。
部落だけが差別されているのでなく、同じような根っこの思想で、女性が差別され、障害者も差別されているのである。
部落の人は「家柄が違う」、この思想は家思想(家父長制)にもとづく差別意識からきている。その他、貴賤思想、優生思想・衛生思想、能力主義思想、不合理な因習・習俗、「世間体」「ねたみ意識」などにもとづく差別意識がある。
このように部落差別の差別意識というのは、単独で存在している意識ではなく、差別
を生み出す根っこの思想がある。
ここをしっかりと掘り起こしながら、変えていくことをしなければ、差別思想は日本人の日常生活の行動規範として当たり前に受け継がれていってしまう。そして、このような意識をベースにして、日本の社会の仕組み、システムがつくられていっているのである。